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静岡地方裁判所 昭和34年(ワ)248号 判決

判  決

静岡市両替町二丁目五番地の四

原告

静岡電機工業株式会社

右代表者代表取締役

増田珪一

右訴訟代理人弁護士

戸塚敬三

大阪市北区曾根崎中一丁目四三番地

被告

株式会社新工務所

右代表者代表取締役

新順一

右訴訟代理人弁護士

磯江秋仲

当裁判所は、右当事者間の昭和三四年(ワ)第二四八号約束手形金請求事件につき、昭和三六年二月一七日終結した口頭弁論にもとづいて、つぎのとおり判決する。

主文

被告は、原告に対し、金二六四、五〇〇円およびこれに対する昭和三四年七月二三日からその支払がすむまでの年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、原告が金八〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一、原告の求める判決

主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求める。

第二、請求の原因等

一、被告は、昭和三三年三月一五日、原告に対し、金額二六四、五〇〇円、満期同年五月一五日、振出地静岡市、支払地清水市、支払場所第一銀行清水支店という約束手形一通を振り出し、原告は、現にその所持人である。

二、ところで、被告は、手形振出の日を白地として振り出し、原告にその補充権を与えたものであるから、原告は、本訴の提起前その白地を補充し、本件訴状の送達をもつて、被告に呈示した。

三、もつとも、右手形は、訴外大村政美が被告会社静岡出張所長として振り出したものであるが、

(一)大村は、右手形を振り出すことについて、被告を代理する権限を与えられていたものである。

(二)仮に、大村がその旨の代理権を有しておらず、右手形が大村個人の振り出しに係るものであるとしても、被告は、大村に対し、被告会社静岡営業所の商号を使用して営業することを許諾していたところ、原告は、被告を営業主であると誤認し、その出張所長である大村が振り出したものと信じて、右手形を取得したものである。

四、よつて、原告は、被告に対し、右手形の振出人として、右手形金二六四、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三四年七月二三日からその支払がすむまでの手形法に定められた年六分の割合による利息の支払を求めるため、本訴に及ぶ。

五、被告主張(三)の事実は否認する。

第三、被告の求める判決

原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。

第四、請求原因に対する答弁

原告主張の事実は否認する。

すなわち、訴外大村政美が、原告主張のごとき約束手形を振り出したとしても、

(一)被告は、右大村に、被告を代理して右手形を振り出しうる権限を与えたことはない。

(二)被告は、右大村に対し、被告会社静岡営業所の商号を使用して営業することを許諾したこともない。たとえ、小室守一が、大村に右商号の使用を許諾したとしても、小室は、被告会社を代表する権限を有しないから、被告は、これに拘束されることはない。

(三)のみならず、右手形は、前記大村の経営する大村建設株式会社が訴外料亭「初音」から請け負つた工事資材であるルーム・クーラーの買入代金の支払にあてるため振り出されたものであつて、原告は、右の事情を知つていたか、または知らないことにつき、重大な過失があつたものである。

第五、立証(省略)

理由

一、(証拠省略)訴外大村政美は、被告会社静岡出張所長大村政美という名義を用い、昭和三三年三月一五日頃原告に対し、振出日欄を白地とし、その補充権を原告に与えて、金額二六四、五〇〇円、満期昭和三三年五月一五日振出地静岡市、支払地清水市、支払場所第一銀行清水支店、という約束手形一通を振り出し、原告は現に右手形の所持人であること、原告は、本訴を提起するに先立ち、右手形の振出日を昭和三三年三月一五日と補充したことが認められる。

二、(証拠省略)大村政美は、大村建設株式会社(以下「大村建設」と略称)の代表取締役であること、被告は、訴外株式会社日立製作所から、同会社清水工場アパートの建設を請け負つたが、昭和三二年一月頃その工事をさらに、右「大村建設」に下請させ、その際、被告会社の取締役営業部長である小室守一に、運絡事務の必要上、静岡市栄町三丁目三番地にある「大村建設」の事務所を被告会社の静岡出張所とするとともに、大村政美をその出張所長となし、被告会社の工事資金面の操作や被告会社東京支店との連絡に当らせることとしたこと、その後、同年五月頃、右工事は完成したが、同年一一月頃、被告会社は、駿府病院から病院建設の工事を請け負い、その頃「大村建設」にその下請をさせたのであるが、その際も、右小室守一は、右同様、静岡出張所を設け、大村政美をその所長とし、右と同様の職務を担当させたこと、これにもとづき、大村政美は、前記「大村建設」の事務所に、被告会社静岡出張所を表示する看板を掲示したこと、前記小室守一が、「大村建設」に対し、右のような措置を講じたのは、被告会社の従来からの慣行によるものであること、被告会社の役員は、右の事実を知りながら、これに対して、とくに異議を述べなかつたことが認められ、(中略)右認定を覆えすにはたりない。

三、この事実からは、大村政美が、さきに認定した一、の約束手形を被告会社名義で振り出す権限を、被告から与えられていたということはできず、他にその権限を与えられていたと認めるにたる証拠はない。

四、ところで、商法二三条は、第三者の信頼利益を保護するために、本人が使用を許諾した商号のもとにおいて行なわれた他人の営業活動をもつて、本人に対する帰責原因としたものであるから、同条にいう「商号の使用を許諾する」とはただに、本人の商号そのものの使用を許した場合だけではなく、その商号によつて象徴される経営組織(その組織の一員の行なう行為の効果が、その組織の主体に帰属すると認められる限りにおいて)に属することを表示するような名称を付加した商号の使用を許した場合も包容すると解するのが相当である。

そうすると、さきに認定したように、大村政美または「大村建設」に被告会社静岡出張所という名称を使用して営業することを許諾した被告は、被告を営業主と誤認して、右大村または大村建設と取引をした第三者に対して、責任を負わなければならない。

五、(証拠省略)「大村建設」は、昭和三二年一二月頃料亭初音の工事を請負つた際、訴外松本輝美太郎の紹介で、その工事資材であるルーム・クーラーを原告から買入れたのであるが、その取引については、大村政美は、被告会社静岡出張所の名義を使用して購入し、その代金の支払にあてるため、前記一、と同様(ただし、振出日および満期日を除く)の約束手形を振り出し、その後前記一の約束手形に書き換えたこと、原告会社の職員は、被告が前記のように、駿府病院の工事をしていて、その工事現場に被告会社の商号が表示されているとともに、「大村建設」の事務所に、被告会社静岡出張所の看板が掲示されており、また前記約束手形の支払場所である第一銀行清水支店に、被告会社静岡出張所との当座取引の有無をたしかめたところ取引がある旨の回答を得たので、原告は、同出張所がルーム・クーラーの買受人であり、大村政美が同出張所長として右手形を振出すものであると誤認して、右取引をなし、右約束手形を受け取つたことが認められ、(中略)他と、右認定を覆えすにたりる証拠はない。

そうして、前記商法第二三条の解釈として、原告が、被告を右取引の相手方と誤認したことにつき、重大な過失があるときは、被告は、その責任を免れると解するのが相当であるが、右に認定した事実によれば、原告にかような重過失があつたとはいえない。

六、そうすると、被告会社は、原告に対し、大村政美が、被告会社静岡出張所長名義で振り出した前記一、の手形金二六四、五〇〇円と本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明白な昭和三四年七月二三日からその支払がすむまでの手形法に定められた年六分の割合による利息の支払をなすべき義務がある。

七、よつて、被告に対し、右義務の履行を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用は、敗訴の当事者である被告に負担させ、なお仮執行の宣言を付するのを相当と認め、主文のとおり判決する。

昭和三六年二月二八日

静岡地方裁判所

裁判官 高 島 良 一

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